八幡 暁さんについて(BE-PALより)

BE-PAL 2007年1月号に感銘を受けた記事がありましたので紹介します。

スペシャル インタビュー 八幡 暁(やはた さとる)

1974年東京都生まれ。石垣島にてシーカヤック&シュノーケリングで八重山の海を案内する手漕屋素潜店「ちゅらねしあ」を主催。url:http://www.churanesia.jp

彼の経歴を記事から抜粋
 学生時代に八丈島の素潜り漁を新聞で知り、漁を見せてもらい、今まで経験したことのない世界を見て、見よう見真似で毎日潜る生活を始める。潜る技術と魚を獲る技術は海で生活しているうちに自然に習得した。漁師達は20m以上潜って漁をしている。初めはできるかな?と思ったようだが、彼も潜れるようになった。「これは走ったり会話したりするのと同じように人間に備わっている能力なんだと気づいたんです。眠らせていた能力を海が引き出してくれる。」
 大学卒業後、2年かけて日本各地の漁を見てまわる。沖縄、奄美諸島、長崎、北海道へ。「一緒にやらせてください。」と漁師の中に飛び込んでいく。そして海から海へ渡り、魚獲りの技術を身につけると、同時に見えてきたものがある。市場に流すほどの量は獲れないけど知られざる美味い魚がいるという事。
 世の中に埋もれていることは他にもある。本当に面白いことを見に行こうと、バックパックにテントと漁の道具を詰め込んで旅に出た。地中海、インドネシアと渡り歩き、つかめた魚を物々交換、もしくは売っていく。

 シーカヤックとの出会い。「今まで行けなかった岬の先や島に簡単に渡れるし、カヤックから飛び込むこともできる。」行動範囲をさらに広げる。もっと広い海とそこに生きる人に会いたいとカヤックで海と人をつなぐ旅に出た。オーストラリア北端からインドネシアへの途中クラブアイランド200kmで係留中のカヤックを流して挫折。これにくじけず翌年ニューギニア島の南岸700kmを漕ぎ抜けた。

 2004年は日本を漕いだ。神奈川から鹿児島。そして沖縄から熊本へ。7時間漕いで2時間潜るという理想的な2250kmの旅。

 2005年は西表島から石垣島、宮古島、久米島、慶良間、沖縄本島へ。宮古島から久米島への海峡横断220km(56時間20分)「オーストラリアから日本、北上してベーリング海峡を渡ってアメリカ、南米まで行っても220km以上の海峡はないんです。だからいつかはここを漕がなきゃと思っていました。」・・・・彼はこの旅にビーチベットを持っていき、55km毎の休憩で海に浮かべて最大1時間寝ることができた。

 2006年は台湾から与那国島へ渡る。最大時速7kmで北に流れる黒潮が行く手を遮る。潮流と風、三角波のなかカヤックを転覆させない方法はただひとつ、漕ぐしかない。やがて夕闇が迫ってくる。ここで昨年の前年の夜間航行が生きた。「カヤックが波に洗われても、目線を星に向けておく。ブレイスの心構えさえあれば慌てなくてすむ。ここで酔って手を止めたら確実に北に流されますから。」流れに逆らってひたすら漕ぎ続け一昼夜ようやく東に進む。黒潮の本流を抜け、島影に入る。海峡を渡りきったのは出発から27時間40分後。170kmの旅だった。

 2007年、彼はフィリピンから台湾へ渡る700kmの行程、バシーとバリンタン海峡が待っている。「台湾から与那国島ほど強い流れが続く海峡は他にはないと思う。最長の海峡横断である宮古島~久米島もクリアした。バシー海峡は三つの流れがぶつかるんです。それがどれくらいすごいのか、学ぶことはたくさんあるはずです。ただ、ここを渡ってしまえばパドリングの技術的には南米まで漕げることになるんです。カヤックで行ける海が広がると思うと、楽しいですよね。」

 彼の旅には二つのベクトルがある。魚を捕まえながら空の下に眠ることを楽しむ旅と、自分自身の限界に挑戦するかのような旅。

 「イチローやメスナーは別ですよ」と前置きしたうえで「誰かができたことは、みんなにできることだと思うんです。」と笑う。「220kmの海峡横断もそうです。僕はアスリートでもなんでもない普通の人間です。必要なのは天候を読んで、海を理解し、食料と飲料水を用意すること。あとはやりたいという強い気持ちだけ。これはホントです。あそこを漕いでよかったのは、それがわかった事です。」

 (抜粋した記事は麻生弘毅氏の文)

 関連したwebサイトにグレートシーマンプロジェクトがあります。 
 url:http://www.thegreatseaman.jp/index.html

画像













<画像は本文と関係ありません 9月能登島のM海岸>

 人生の大切なものを見つけることや仕事や趣味が大事なのではなく、きっとできると信じて努力を惜しまず、意志を通す生き方が大事なんなんだと私は彼の記事を読ませてもらいました。

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック